言語化
とりあえず書いてみる。記録してみる。自分の気持ちを。
私のキャラクターって何だろう。結構不満を抱えている。何が不満かというと、自分が気持ちよく仕事ができていないこと。何か作業をするとか制作するとかならいいけど、学校の先生って割とプロデューサー的な仕事が多かったり、マネージャーみたいなことが多い。時間をマネージメントしたり、授業をマネージメントしたりすることが多くて、全然楽しくない。ことに最近気がついてきている。なんか本当はもっと探求型の方が助かる。というか、いろいろな工夫もしているけれど、何だか本気になれない。中途半端な感じでいつも終わる。
でも今日、A沼くんの革細工のハンコ入れは素晴らしかった。すごくよく出来ていて、ああいう子がいるというだけで、自分が美術をやっていて良かったと思う。全く万人受けしない自分というのがいて、それはそれで価値があるのかと。もう断然友達いない人でも良いのかもしれない。
一体何を悩んでいるのだろう。たくさんの人に理解されたいとか。でも3年生は美術の能力が結構上がったと思う。まあそれで良いのかと。2年生はどうだろう。あまり目ぼしい人がいない。面白いと思っていた子は
ところで自分の制作はどうなってしまうのだろう。本当は自分の才能を眠らせたくない。何が描きたいのだろう。風景画のようなモノを描きたい。抽象的で訳のわからない絵が描きたい。心情が入っているような。訳のわからない構成。写真でもいい。それを組み合わせる?いや。何回かデッサンしよう。木炭画を描いてもいい。5枚描いてみよう。それでいい。友達もいらない。そうかも知れない。ただ単に今日の桜の木が美しいと思ったりしただけ。でもそれは誰にもわからない。なんか分からなくていい。孤独なのだ。神様と対話する。絵を描くとはそういうことなんだきっと。本当はどうなんだろう。楽しくないことをして、いろいろなことが分かってしまって。
何で中学校の先生になったんだろう。一番面白いと思ったから。あんまり美術ってわかってもらえなくていい。というところもある。何かしら面白いことがあればそれを大事にして欲しい。きっと明日には忘れてしまう事だけど、綺麗な色ができたとか、少しの違いでこんなに色が違うのか。その微妙なことに少しでも気づく人がいて欲しい。
スリービルボード

ずっと見たかった映画。
主演のフランシス・マクドーマンドが昔から結構好き。
決して美人の類ではないけれど、その無表情の中に怒りや人々に対する哀しみが
滲み出ていて、人間に対する深い洞察が伺える。
あの無表情に私も憧れる。変にニタニタ笑わない。
自分を貫く姿勢がすごい。

娘を亡くして、その娘もできた娘ではなく、母親を罵るような娘。
ただ彼女にされた仕打ちはあまりにもひどくて、非人道的。
地元の警察は南部のなれ腐った連中。自殺する警察のトップは自分の家族にも愛を注ぎながら、自分たちの非力さを認めて、陰ながら、彼女を支持する。
何が正しいかはみんな分かっている。でも流されている。
私も理不尽な目に遭ってきた。女性で夫がいなくて、非力な母親だと自覚している。
それでも、毎日一生懸命生きているし、生活するために働いている。
男性の理不尽な要求とか、権力とか本当に苦手で、そういう人がいることが、私の世界とは違うけれど、いつかそれが迫ってくる時が来ることもあるだろうと分かっている。
あんなふうに強かに生きたい。内なる怒りを抱えて生きている。
そんな人のことを応援する映画だった。
暴力もあり、実力行使。別にそれでいい。


子宮筋腫・全摘手術
私は今入院している。
疲れた・・・。
病院内を歩いてリハビリしているのだ。
病院は前は割と好きだったが、今はあまり好きになれない。
キレイだし、清潔だけれど。
うん。。。
今は仕事をどうするか、生き方をどうするか、天使ちゃんをどう育てていくか。
私の臓器はひとつなくなった。
私の希望はまだ残っているだろうか。

ビル群と夕暮れ。銀色の世界が静かで美しかった。
手術前に出血で貧血を起こし、トイレで倒れた。
そのまま手術して、戻ってきたが、朦朧として、背中の痛みやうんちを出したいような感覚。
翌日、血圧が低くて立ち上がることもできないような状態で、いろいろ大変だったが、
日を追うごとに少しずつ良くなってきている。
看護婦さんたちに感謝だ。

抽象画のようなビルに映り込んだ雲
歩きながら考える。
学校のこととか、生徒のこととか、でも嫌いなこととか、N氏のこととか。
何も答えが出ない。
山本文緒さんの
「自転しながら公転する」を読んでいる。
心の機微を言葉にするって、良いなあと思った。
汚い気持ちも、ずるい気持ちもあって良いのだ。

今日は眠りたい。
モモ
天使ちゃんが小学校の音読で「モモ」を読んでいる。
昨日のことがあり、天使は抱っこをせがむ。
今日は手術のことを聞きに病院に行く。
お昼はトマトそうめんにするか。そんな暇はなかった。
晩御飯の準備をする。
⭐️BBQ風スペアリブ
⭐️ガスパッチョ(天使ちゃんはトマトが大の苦手。苦手克服のためにも!!!と思ったが食べなかった)
母の運転で都内のT病院に行く。
まずは麻酔科の説明を受ける。背中と全身麻酔。喉に管を通すらしい。
あれ、すごく痛いのだ。
きっとお腹も切って、喉も痛くて、ああ、際どい。
その後診察へ、子宮も卵管も筋腫も全部とる。
私はもう子供は産めない。すごい決断だ。
入院は7日間。しばらくは安静。何もできないのかな。
散歩にもいけないのかな。
天使ちゃんがずっと背後で「ミャオとかわんわん」と言って私の枕に抱きついている。なんとも可愛くて幸せな風景だ。
母と近くのでかいビルに行く。
一体誰が買うんだろうというような馬鹿高い代物が並ぶ。
オシャレなカフェに行く。空気で膨らませたようなベリーソースがかかった、クリームたっぷりのパンケーキを食べる。
本当はポテトフライを食べたかったけど、母に気を使う。
案の定もたれる。
スタバのクリームとかが苦手だけど、やっぱりクリームは苦手

帰りの道路は混んでいた。
母は何度か車線変更をした。ウィンカーを出してから、ハンドルを切るか、そんなことで揉めた。
晩御飯を作って天使に食べさせる。
夜にどうしょもなくなって、父と話す。
N氏は電話してもイライラするだけ。
天使ちゃんのこととか、責任とかの話をすると、
たぶらかして真剣に答えない。
だからアル中なんだ。
あんなやつ、あんなやつ。
そうだった。そういうことが本当に向き合わないから
嫌いだったんだ。
どうしようもない。
学校に戻って、
「ひとり働き方改革」
をしよう。
夜に儀式を行なって、後悔して歯も磨かずに寝た。
今日は一日ゆっくり過ごした

昨日はビートルズトレイルに行って20キロ歩いたから、足はパンパンだった。
朝からTくんの住む飯能に行こうかと思っていたけど、体が疲れていたので、辞めた。
決断する前、吐き気がした。
嫌がっていること、自分の体や心が無理をしている時は吐き気が出ることが分かった。
今後仕事に行く時にきっとこれが指標になるかもしれない。
午前中は疲れていて寝た。昨日は弟にしっぽり締められたので、疲れていた。
午後から少し書類を書いたり、本を読んだり、インスタを見たりしていた。

今読んでいるのはこれ。
カズオイシグロの本。文字がびっしりで読むのに時間がかかる。
むかし、これの映画が好きだった。

全部が薄灰色で、物悲しくて、切なくて、儚い世界観と、美しい映像が
カズオイシグロの小説にぴったりだった。
全然読むのが進まなくて、嫌になるけど、少しずつ入院期間中に読んでいこう。
そして晩御飯作り
⭐️厚揚げと小ネギの豆乳の味噌汁
⭐️冷しゃぶサラダ
⭐️じゃがいもとチーズのマヨネーズ和え
美味しかったけど、晩御飯中、うつになってしまった。
人生の分岐点。
きっと私は何も行動しないだろう。上手くいかない。
娘は可愛くて、素直で、学校の友達を一緒にいられる毎日がとても幸せらしい。
家にいると、ママが無表情、生きる気力を失っている。
家より学校が楽しいと言っていた。それを聞いて私は悲しいというより、ほっとした。この子は大丈夫。きっと幸せになってくれるし、幸せな人生を歩んでいってほしい。
「ママは何が楽しいの?」と聞かれ、ああまたこの質問、みんなそう聞くなあと思った。
私は楽しい時はない。
昨日も山を歩いていても、ここで1人倒れたらどうしようとか、
カラスに襲われたらどうしようとか、
なんでこんな山の中を1人で歩いているんだろうとか、
私がこんなことをしている間、学校では生徒たちが授業を受けて、先生たちが働いている。
でも、私はここにいる。
私がいなくなってもいい。スー〜っと静かに消えてしまって、私がいたこの存在もみんな忘れて仕舞えば良いのに。
私に関する記憶がみんななくなって仕舞えば良いのにと思ったりする事が多い。
両親を殺して、青木ヶ原樹海で自殺した人のことが頭に浮かんだ。
どれだけ人生に絶望していたんだろうか。生まれたことを恨むというか、誰も救われないし、誰も幸せにならない。誰か手を差し伸べてあげる人はいなかったのだろうか。
とかを考えていた。
Nくんのことも考えた。きっと1人で生きている。
時々右側の心臓の部分がズキっとしたり、奥に引き込まれるようなことがある。
そんな人生の孤独を感じた。
そして娘と心の闇について話した。
私の心の中には深くて広い湖がある。
嬉しいことも、何もかもがその闇の湖に吸い込まれてしまう。
そんな話をした。
幸せな人生ってなんだろう。
私は今のどうしようもできない心の暗さといか、どうしても明るくなれないところは自分では嫌いではない。
でも幸せだと感じる日が少しでも多いといい。
・動物園で1人来ては一人ぼっちの鹿に話しかけているおばさん。夫は働かなくて、1人で娘を育てた。今が一番気楽かもしれないと言っていた。きっとあの人も幸せではないのだろう。
・離婚して、娘を1人で育てるシングルファザー。もう大きくなって一緒には来てくれない。
みんな悲しみと哀しみを抱えて、決して幸せではない人生を命が尽きるまで生きている。



高尾山 ひとり歩き

朝8時過ぎに家を出て徒歩で青葉台駅に向かう。
蒸し暑い。
Nくんが言う通り、道沿いの店舗から出された事業ゴミが置かれてて、うんざりする。
「やっぱり青葉台って いやだな」
と吐き気をもよおす。
駅前の豚骨ラーメンの匂いなんてもう完全にスメハラ。
嫌いな田園都市線に乗って、
長津田。
エスカレータに長蛇の列。少し歩けばがら空きの階段。それを颯爽と登る。
大学生の多い横浜線に乗る。横浜線はまだ労働感がある電車。貧しい訳ではないが、
搾取されている人々という同類感がある。
田園都市線は流行に踊ろされて価値観が不安定な人々が乗車している。
お嬢さん出身の母親から生まれて、特に愛情もない父親に育てられて、
虚ろで空虚な自分に満足してるんだか、してないような若い男や若い女。
私も同じく同類なのである。
片倉で京王片倉という駅に徒歩でショートカットができるということが分かり、降りてみる。かつて高校の同級生の純ちゃんが住んでいた町。
少し野性的な純ちゃん。都会に憧れて黒い革ジャンを着てみたり、
悩んだり、イライラすると髪を自分でぐちゃぐちゃにかき混ぜるクセがあった。
自由で、正義感があって、色んな人と友達で、そんな純ちゃんは私の憧れでもあった。
私はちびで少し暗くて、行動力もなかった。純ちゃんが羨ましかった。
まあ、そんな事をボヤーっと考えながら、特に何の変哲もない八王子の町を歩く。
汚い川が流れていて、16号はずっと渋滞している。
バス通りらしい。大学生をたんまり乗せた大学バスが通る。
すごくつまんなそう。
みんなそうして何の目的もないのに大学なんて行くのだろう。
特に学びたいこともなく、心からの友達もいなくて、何が楽しいのかもわからない場所に意思もなく、社会の流れとして行かされている。本当につらい時期だ。
でも私もかんちゃんと出会ったのはタマビだ。まりちゃんとも、あと、横倉氏とか、麗ちゃんとか。タマビに行かなかったら、ちっぽけだけどそんな出会もなかった。
京王片倉から電車に乗る。がらんとしていて、今日は曇り空なのと、中途半端な時間なのか登山しそうな人は一人ぐらいしかいなかった。
電車を降りると遠足の子どもたちがいる。子どもって存在自体が明るい。なんでだろう。
カラフルだ。声が高くて、予想外の動きをする。
静かな高尾山口まで歩く。お店はおしゃれだけど、閑散としている。
Nくんからはケーブルカーも勧められたけど、迷って結構急な坂道を選択。
一人で決断するのも苦手だけど、ワクワクする方。後悔しない方を選ぶ。
ゆっくり歩く。スニーカーを見ながら歩く。一歩ずつ、一歩ずつ。なんだかゆっくり
人はまばら。ときどき軽自動車とすれ違う。
二人連れの若者を抜かしたり、抜かされたりする。
一人はずっとスマホをいじっている。短パンでいかにもコミュ力がなさそう。少し知的遅れがあるかも。ずっとしゃべっている。
もう一人はスラーっとしていて明るい蒼いシャツと白いズボンを履いている。
カップルも居る。女の子はあまり登山になれていない感じで男の子に甘えている。
でも男の子の話す内容が割と暗くて、仕事の悩みもあるようだ。
途中「ヤマヒキガエル」に遭う。枯れ葉の中からひょこっと出てきてびっくりしたが、
可愛い。すごくつぶらな瞳をしている。けっこうでかい。

■
死にたいということがわかった。
本当はもう生きていたくない。
だけど、しかたなく生きている。
だけど本当は死にたい。
だって何がしたいのかわからないし、周りの人は嫌いだし。
ずっと誰からも愛されていないのを知っているし。
誰も助けてくれないの知ってる。
生きてたって何も本当にしたいことなんてないし。
私って誰かのために生きていることが多すぎる。
自分のために生きてない。
私のしたいことってなんだかわからない。
ずっとこれからもしたいことなんてない。
スッといなくなれたらいいのに。
誰も何も気にしない世界。
私がいなくなったって誰も何もしない。
悲しくもない。嬉しくもない。無視されているの。